簡単な自己紹介を…。
 株式会社 JN建築設計一級建築士事務所 代表取締役 中島 純 35歳 福岡市在住

 私は、平成7年4月から平成9年12月まで、ある住宅メーカーの現場監理業務に従事していました。その間、約80物件ほどを担当しました。直接お客様と接していたのは工事着工時からお引き渡し後約2か月ほどの期間でした。

 お引き渡し間際の住宅というのはクロス工事が終了して間もない時でした。クロスを貼り付ける『糊』が完全に乾燥しきってない状態です。その中で現場で作業を行うのです。その際に必ずと言っていいほど目が痛くなるのです。
 お客様へのお引き渡し当日、現場監理業務担当者は誰よりも先に宅内に入り窓を全開にします。そうでもしないと宅内に臭いがこもってますし、また目が痛くなったり、呼吸が苦しくなったり…。時間がしばらく経つとこれらの症状は落ち着くのですが、ある時、一度だけどうしても症状が治まらず、お引き渡しの書類等を営業担当に預けて、その日は早退して寝込んでしまいました。

 通常、お引き渡し後、1ヶ月後くらいにお客様の所に行き、住まいの様子をうかがうために訪問していたのですが、そこでは「あっと驚く事実」に多々遭遇しました

 それは入居後『ご年配の方や小さなお子様が体調を崩したと言われるご家族が多いこと』でした

 ある家族では入居後おじいちゃんが入院したとか、別のご家族では入居直後から体調を崩し、のちにお子さまがぜん息になってしまったとか…。ウソのような話ですが、他の現場監理業務担当者に聞いても同じような事を言われることがあるという話でした。とても衝撃的な話でした。今考えると、その頃から『シックハウス症候群』という言葉が世間でも聞かれるようになったころでした…。


 私は小さい頃から、アレルギー性鼻炎を患っています。4歳くらいの時、一家で新築の家に引っ越しました。内装には当時の流行であった“化粧合板”が壁材として使用されていました。引っ越した当初から微熱が続き、そしてよく中耳炎になって耳鼻科のお世話になりました。よく鼻水が出ていたということでした。そして、小学4年生の時、小学校の校舎が新築され、夏休み中に完成しました。完成後の2学期から教室が新築の校舎内の部屋に移動となりました。それからしばらくすると、どうしてか鼻がつまるのです。4年生の11月から小学校から帰宅する時に、バスと電車を乗り継いで1人で耳鼻科の病院まで通院していました。それも半年ほど…。しかし、結局今現在も治ってはいません…。

 「これらの事は偶然なのかな?」と高校生になった頃に疑問を抱き、それから建築の道へ進み、住環境のことを重点に勉強をしてきました。そして大学卒業後に住宅メーカーへ行くと上記のような事が…。メーカー退社後は建築の勉強のために設計事務所に勤めていました。そして、しばらくして個人経営の設計事務所として独立。その間にも住宅の勉強等をしていたところ…。

 2006年3月11日、西日本新聞に『住み良い環境取り戻そう 福岡の主婦、NPO設立 化学物質過敏症、全身に痛み 苦しみ伝え改善を提案』という記事があったのです。早速、『VOICE.Labo(ボイス・らぼ)』の代表者である小山に一緒に勉強をしていきたいという旨のメールを送信り、これがきっかけでその後、『VOICE.Labo』の活動に参加することになりました。同年4月13日に同新聞にて『化学物質過敏症 生活環境見直そう 各地で市民活動広がる 患者は社会のセンサー』という記事も掲載されたり、ともにNPO『VOICE.Labo』での活動を通して、改めて住環境問題の複雑さ、難しさを感じたりしています。

 NPO『VOICE.Labo』の活動のひとつである『心とからだに健康で安全な家づくり』とはどのようなものなのか…。今までもたくさん勉強してきました。これからも、もっともっと勉強していき、NPO『VOICE.Labo』での活動を通してJN建築設計が手掛ける住まいづくりを一層充実させていきたいと思います。